1940年代のアメリカ農業 3
ようやく輸出業者がオフィスに戻ってきて、期日は遅れても負債は完済すると言ってシンプロットを驚かせました。
そのとき、彼はどこでタマネギの加工をしているのかとさりげなく尋ねました。
相手は質問をはぐらかし、そのためにいっそうこのアイダホ男の好奇心は高まりました。
オフィスを出る時、輸出業者のトラックが一台車寄せを出ていくのがシンプロットの目に入りました。
その車を工場までつけていって、そこで使っている機械はカリフォルニア州セント.ヘレナにあるニップチャイルド・プルーン製の乾燥機だということをつきとめました。
シンプロットは車に駆けもどると、ナパ・ヴァレーを通ってセント・ヘレナに車を走らせ、ニップチャイルドに着いたのは暗くなる寸前でした。
彼は7月1日までにアイダホ渡しということで、トンネル式乾燥機6台分を即金で支払い、またパウダーとフレーク製造用の縦型ハンマー式製粉・撹絆機のつくり方もニップチャイルドから教わりました。
1日かけただけのことはあった、とシンプロットは車に戻りながら思いました。
しかし彼には、まだこの事業がよくわかってはいなかったのです。
アイダホに戻ったシンプロットがまず最初に力を入れたのは、農家と輸送機関のいずれにも足場のいい工場用地を探すことでした。
1940年秋までに、数か月間をかけて、アイダホのタマネギ産地一帯のボイスおよびペイエット川沿いを隈なく回り、タマネギの臭いは大嫌いですが、それでも彼の金はそれ以上に欲しいという、そんな地主や町を探しました。
しかしその金にも問題がありました。
約束したソーコールからの資金5万ドルが届かないのです。