わたしとドイツ
今でこそデュッセルドルフには日本の会社が何百とあり、日本人も7000人もいて、日本料理屋も繁盛しているようですが、当時は、日本の会社はぽつぽつといったところでした。
ただ、もうそのころ西ドイツの銀行は2週間に1回ずつ土曜日が休みになっていたから、いってみれば、4半世紀たってやっと、日本はちょうどそのころの西ドイツとほぼ同じになったわけです。
そこで私は貴重な体験をしました。
平価の切り上げでした。
私が西ドイツに行った当初、マルクのレートは1ドル=4マルク20でありましたが、その後すぐ5パーセントほど切り上げされ4マルクになったのです。
ポンドのように、切り下げというのはよくあることでしたが、その時・はじめて切り上げというものをまのあたりにし、これは大変なことだと思ったのを覚えています。
当時、西ドイツの経済運営のキーワードになっていた言葉に「社会市場経済」がありました。
「社会市場経済」というと社会主義的な統制経済と受け取る人が少なからずいますが、これは日本人的センスであって間違いです。